情報とデパートその5 いつでも出せる情報と出すと心が豊かになる情報

(新幹線で)

 日頃のコミュニケーションの中でも情報の重要性は問われます。あなたが新幹線に乗る時の話をしましょう。念のため確認ですが、新幹線は通路を挟んで2人席と3人席で構成されており、ほとんどの場合指定席は2人席の窓側、3人席の窓側、3人席の道路側、2人席の通路側、3人席の真中という順番で埋まっていきます。(自由席もほぼ同じ流れです。)今に生きる人たちの自分の世界の求め方が座席の取り方で明確になるわけです。

 さて、二人掛けや三人掛けの席に既に一人先住者がいる場合に空いている席に座る際、あなたは相手に「失礼します」などと声を掛けますか。私はそれを励行しています。ほとんどの人は軽く頷いたり、こちらに挨拶をしてくれます。それだけのことですが、その後の1~2時間後の車内での居心地が少しだけ良いものになります。お互いにご縁を持ったという認識が残るからです。些細なことでも、こうした情報の発信が人間関係に潤いを与えてくれるわけです。

 新幹線内のトイレを使う際のやりとりのコミュニケーションも同様です。もし、自分がトイレから出た時に近くで待っている人がいたら軽く手を挙げたり、声を掛ける。きっと相手も反応してくれます。こうしたことも小さな出会いなのですから、大切にしたいものです。

(エレベーターで)

 こんなこともあります。エレベーターが閉まりかけている時、誰かが飛び乗ってきた時、その人が黙って行く先を押したりすると、こちらの存在を無視された気がして少し嫌な感じがしますよね。しかし、考えてみれば相手が悪いというよりは、その人はエレベーターではこうした時わざわざコミュニケーションを交す必要がないというつまらない概念に支配されているだけなのです。新幹線でもエレベーターでも先住者は異分子が来れば、いくばくかのストレスを起こします。その際、″新参者″は少し笑顔で「失礼」と言うだけでお互いの関係は温かいものになるのです。東京でエレベーターに乗ると、不思議なくらい当り前にこの″情報を発信しない〟やりとり、つまり、資本主義の概念に捉われた行動が当り前に営まれています。

 エレベーターから降りる時も開ボタンを押している人に、一言御礼を言って出ていく人も希少価値です。一時の赤の他人との出会い、情報交換ということに無関心過ぎるのです。

 私たちはこうした呪縛を逃れ、自分のペースで相手に情報を発信しましょう。その方が間違いなく心は豊かになります。