渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第38回 長野編その9)

来た時とは別の道を使って駅前のホテルへ戻ることにした。イオンモール松本を出てすぐに、蔵の立ち並ぶ商店街が現れる。「中町通り」といって、江戸時代から商家の集まっていた所らしい。
かつては善光寺への参詣者が通ったそうだ。道の方角から考えると、現在はイオンモールと松本城とを行き来する人々が、寄り道を楽しむ場所になっていそうだ。日光を浴びて輝く漆喰の壁を眺めながら、観光客の足を誘導するという点においても完璧なイオンモール松本に、改めて戦慄した。
しかし、そうすると気になる。あのような巨大商業施設ができるに当たって、駅前の商店街による反対運動は起こらなかったのだろうか。道の端に寄ってスマートフォンで調べてみると、産経新聞の記事が見つかった。2017年8月8日、イオンモール松本の開業をおよそ1カ月後に控えた時期のものだ。
意外なことに、周辺の渋滞は懸念されたものの、出店に対する反対意見は少なかったそうだ。同地では1981年から2015年まで「松本カタクラモール」というショッピングセンターが営業していたそうなので、街の構造自体はさほど変わらないと考えられていたのだろうか。
一方で、2024年9月11日のFNNプライムオンラインには、長野市篠ノ井に計画されている県内最大級イオンモールの出店について、長野市の商店会の「松本と同じ状況が」と脅威をあらわにする言葉が掲載されている。
生の声も拾ってみたいと思い、「松本駅前通り商店街振興組合」へ電話をかけみる。呼び出し音が数回鳴ったところで女性の声が聞こえてきた。
「反対というのは、そんなになかったですよ」
何かを隠す風でもなく、あっけらかんとした調子の答えが返ってきた。
「渋滞が心配だって声は多かったですけどね」
先ほど読んだ記事と一致している。
「駅や代表的な観光名所の徒歩圏内にあるのというのは、駅前商店街に対してずいぶん残酷だと感じたものですから」
女性は私の「残酷」という表現が面白かったようで、そこだけを復唱しながら朗らかに笑った。

よその家計を勝手に心配していたような気分になって電話を切る。せっかくなのでホテルへ戻る前に国宝を目にしておこうと、そのまま歩いて松本城へ向かった。
夕食の場所は決めてある。シャワーで汗を流してから、スマートフォンで地図を確認した。昨晩はやや苦い気分を味わってしまったので、今夜は地元の名産・名物を求めるのでなく、純粋に料理がおいしく、接客も丁寧だと評判の店を選んだ。
ホテルから歩いて10分、名前からは想像できなかったが、若い女性に喜ばれそうな、アート的センスを感じさせる店に到着した。いや「到着してしまった」というのがその時の正直な気持ちだ。ガラス窓から中をのぞくと、やはり予想した客層と一致している。席はほぼ埋まっているようだ。他を探そうと思ったところで、店員と窓越しに目が合う。こうなるとむしろ通り過ぎる方が気まずくなって、半ばしぶしぶ扉を開けた。
ところが、注文したもの何を食べても驚くほどうまい。自家製のポン酢をかけた生湯葉、中のサーモンをレアに仕上げた春巻き、出色なのは焼きキャベツのブルーチーズソースがけだ。口に運ぶごとにうなっている自分に驚き、長野県産のワインを何種類か楽しんでいると、すっかり長居してしまった。
閉店が1時間後に迫り、私以外のお客は2組だけになった。会計を頼むと、ずっと配膳をしてくれていた20代半ばくらいの女性店員が「今日はお仕事ですか?」と尋ねてきた。常連の顔をしっかり把握している店なのだろう。
私は彼女の仕事のじゃまにならぬよう、2日間で見聞きしてきたことを要約して話した。彼女が長野市の出身だというので、ワインの力を借りて質問する。
「長野市と松本市って、仲が悪いんですか?」
私はバッグから財布を取り出しつつ、彼女の答えを待った。
(続く)

