日本の百貨店のあゆみ22 ~丸広百貨店

埼玉県川越市に本店があり、埼玉県内のみで百貨店を展開している。創業者一代で埼玉県を代表する百貨店となった。創業者である大久保が経営理念として「出身の地でもある地元地域と共に歩み、ともに栄えていくこと」を掲げた。「愛されるまるひろ」であることが地域に根ざす大切な信念であり、丸広百貨店の紙袋や包装紙には、埼玉県の花であるサクラソウを描くなど、随所でそのこだわりが見られた。

丸木商店誕生から多店化へ

1939年(昭和14年)10月 総合衣料店「丸木洋品店」に約7年半務めたのち、大久保竹治が入間郡飯能町に個人商店「丸木商店」を創業。

1942年(昭和17年) 衣料切符制度が実施され、飯能町の個人商店は一カ所の配給所に集約されて各業者が商品を持ち寄る形となった。大久保も海軍の一兵卒として招集され店舗の営業は休止に追い込まれた。

1948年(昭和23年) 店舗の裏にあった倉庫を取り壊して店舗を拡張。

1949年(昭和24年)5月23日 市川宗貞、木村源兵衛らが資本金1000万円で「株式会社丸木」を設立。初代社長に木崎茂男が就任。大久保竹治は飯能町原町の店舗を別に引き続き営業しており、別の店舗として開設したものであった。

1951年(昭和26年)10月 川越店を開店。

1953年(昭和28年)「動くデパート」のキャッチフレーズで、移動宣伝販売車による広域販売開始。

同年11月 大宮支店を開店。

1954年(昭和29年)7月 東松山出張所を開設。

1955年(昭和30年)12月末 木崎が社長を辞任し、社長に市川宗貞が就任。

総合百貨店の誕生

1956年(昭和31年)株式会社丸広百貨店に社名変更。初代社長に大学在学中の市川章広が就任する。

1958年(昭和33年)8月  東松山店を開店。

1961年(昭和36年)地下1階、地上5階の飯能店を移設オープン。地階売り場で初めて食料品を扱う総合百貨店が誕生した。

1963年(昭和38年)本店を飯能店から川越店へ移転する。

1964年(昭和39年)百貨店営業許可を取得(百貨店法による営業許可取得)。

同年10月 川越店移転オープン。地下1階、地上5階、塔屋2階の建物。初めて百貨店法に該当。本格的な百貨店として営業を開始した。

1966年( 昭和41年)飯能店全館オープン。

1968年(昭和43年)川越店3倍増築リニューアルオープン。川越店屋上遊園地オープン。

1972年(昭和47年)川越店第2期増築オープン。地方百貨店3万㎡時代を告げる。

1975年(昭和50年)日本百貨店協会・関東百貨店協会へ加盟。

1978年(昭和53年)南浦和店開店。

1989年(平成元年)南浦和店増築オープン。入間店開店。

1990年(平成2年)複合施設アトレマルヒロ開店。

1992年(平成4年)上尾店開店。

1998年(平成10年)川越店大規模改装。「都市型郊外百貨店」へ。

1999年(平成11年) ファミリー丸広日高店を開店。

2002年4月(平成14年)日進店開店。坂戸店(2022年(令和4年)8月21日に閉店)。を開店。

2006年(平成18年)南浦和店を業態転換オープン。食品階のみ直営とし、他フロアはテナントを導入する業態転換を実施。

2009年(平成21年) 飯能店移設オープン。

2019年(令和元年)川越店屋上遊園地閉園。

2021年(令和3年) 2月 日高店閉店。

2022年(令和4年) 8月 坂戸店閉店。

2023年(令和5年) 川越店別館2階3階レストランフロアオープン。

2024年(令和6年)東松山店閉店。

2024年(令和6年)11月 川越本店リニューアルオープン。

★丸広百貨店 2025年11月現在

川越店本店 埼玉県川越市新富町2-6-1

飯能店

入間店

アトレマルヒロ

まるひろ上尾SC

まるひろ南浦和SC