渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第49回 大田原編第2回)

東武大田原店が最後のシャッターを下ろした夜から、少しだけ時間をさかのぼる。

 私が大田原店の最寄駅「西那須野」に着いたのは、その日、8月31日の午前10時半だった。これまでと今回とでは、大きく違う条件がある。東武大田原店がロードサイド型のデパートであることだ。

 駅員のいない改札を抜けて、東口から外へ出る。雨が降ると聞いていたが、黒みがかった雲は青空の奥に縮こまっていて、シャツを揺らす風も爽やかだ。インターネットで得た情報によれば、すぐそばで自転車を借りられるらしい。しかも無料だ。辺りを見回すと、すぐにそれらしい看板が目に入った。

「どちらまで?」

 駐輪場の角に置かれた受付窓口の近くで、70代くらいの男性が身をかがめて自転車を点検していた。申し込み方を尋ねると、男性はそう言いながら上体を起こした。

「東武百貨店へ行きたいのですが」

 私の答えに、男性は両眉を持ち上げながら「ああ」とうなずき、「今日までか」とつぶやいた。

 何か聞けるかもしれない。私はとっさに頭を取材モードへ切り替えた。

「申し訳ないんだけど、それだと貸し出しができないんですよ」

 私が質問を探し始めた瞬間に、動揺を誘う一言が飛び出してきた。

「西那須野の観光エリアを回るためのものなので、大田原市へ乗っては行けないんですよ。ごめんなさいね」

 この貸し自転車は、那須塩原市の西那須野観光協会による事業らしい。無料なのはそういうわけか。

「時間と体力に余裕があれば、歩いて行けないこともないけどね。1時間近くかかりますよ」

 男性はやや冗談めかして言った。

「なので、本数は少ないけどバスで。それかタクシーかな。あそこは地元の人が自家用車で行く所だからね。観光客が立ち寄るといった感じではないんですよ」

 自転車を借りたそうな2人組が受付に近づいてきたので、私と男性とのやりとりはそこまでとなった。

大田原市営循環バス

 東武を経由する市営循環バスは、同じ東口から出るらしい。男性の言っていた通り、運行は1時間に1本と少ない。次の便の出発まで40分ほどあったが、あることを調べたかったので、停留所から10メートルほど離れた所に腰掛けて待つことにした。

 メインの商店街があるのは、反対側の西口なのだろう。平日の昼前ということもあってか、こちらにはプールの底のような静寂が広がっていた。

停留所そばのベンチに、バッグを膝に乗せた女性がぽつんと座っている。

しばらく経っても、ベンチに人は増えなかった。

 出発時間より10分以上早く、バスが停留所に到着した。乗客をすっかり吐き出したバスに、ベンチの女性が乗り込む。私もそれに続いた。

 運賃は一律200円、支払いは現金のみらしい。運転席横の両替機で千円札を崩してから、景色のよく見えそうな席に座った。

 一時はぎゅうぎゅう詰めのバスでデパートの最期に駆け付けるような想像もしたが、ドアが閉まるまでに埋まった席は、私のものを含めて八つだ。そしてその半分ほどが、「百貨店前」のアナウンスが流れるのを待つことなく空になった。

 だが静けさはたちまち反転する。出発からおよそ10分で窓の外に現れた東武大田原店は、その駐車場で車の列を、その玄関で人の群れを飲み込んでいた。

 バスを降り、私はそれらに背中を向けて歩き始める。まずは、このデパートを囲む街の姿を知っておきたい。ゆっくりと散歩をしながら、先ほど調べておいた「大田原市民のソウルフード」を食べに行くことにした。

 (続く)

東武宇都宮百貨店大田原店