渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第48回 大田原編第1回)

辺りが薄暗くなってゆく午後6時半、ファサードに飾られた「TOBU」のロゴが、その輝きを強くしていった。
東武宇都宮百貨店大田原店は、あと30分ほどで最後の営業を終える。8月31日が月曜だからということもあるのだろう、学校や会社帰りと思われる人々が、慌てた様子で駆けてきた。
そのまま一直線に玄関へ向かうのかと思いきや、彼らは何かを避けるように進路を曲げる。そうさせたのは、右手でピースサインを作って立つ少年だった。少年は玄関を背に、光るロゴを頭上にして、父親であろう男性の構えたスマートフォンを笑顔で見つめている。男性の後ろには、順番待ちをしているような家族連れの姿があった。

それから10分ほどすると、玄関を取り囲むような人だかりができ始めた。閉店後にここで、店長のあいさつがあるらしい。群青の空がその濃さを増し、7時が近づくにつれて、人だかりは警備員による規制が必要なほどに膨らんでいった。
やがてガラス扉の奥から、「蛍の光」の旋律が漏れてきた。中に残っていた買い物客たちが、こちらの人だかりを鏡写しにしたような群れを作る。
「え、何? すごい」
彼らは玄関前の光景に目を丸くしながら、従業員の誘導で店を出る。そしてある人はそのまま駐車場に、ある人は夜空の下の群衆に加わった。
「最後のセレモニーをさせていただきます」
予定の時間を少し過ぎて、マイクを手にした店長のあいさつが始まった。後ろにはマスコットキャラを中心に、従業員たちが整列している。報道陣のカメラからフラッシュが放たれ、辺りでは静かな拍手が鳴った。
「振り返れば24年、長いようで短かったような期間ではありましたが̶」
東日本大震災やコロナ禍での困難が振り返られる。厳しい状況や、営業したくても営業できない事態にあえぎながらも、店に足を運んでくれる多くの人々に支えられてここまで続けることができたという。
「お客様に頂いた笑顔は、私たちの誇りであり、かけがえのない宝物です」
私の脳裏に、先ほど店内1階で見たメッセージボードがよみがえる。そこにはおびただしい数の、閉店を惜しむ言葉が貼り付けられていた。
「これからは宇都宮で、県北の皆様の要望にもお応えしていきたいと思っております」
東武大田原店の閉店によって、栃木県北からデパートがなくなる。
「24年、長い間、本当にありがとうございました」
店長はそこで言葉を切り、口元からマイクを離すと、上体を折って深く頭を下げる。従業員たちもそれに続き、しばらくはお辞儀をしたまま群衆の拍手を受け止めた。
「それでは、お待ちかねだと思いますので、シャッターを閉めさせていただきます」
姿勢を直した店長が、そう言って群衆の笑いを誘った。
「2026年8月31日、ただ今をもちまして、東武大田原店、閉店でございます。本当にありがとうございました」
盛大な拍手を遮るように、ゆっくりとシャッターが下りてくる。群衆の中から感謝の声が、女性、男性、子どもと色を変えながら飛んだ。
シャッターは最後に甲高い音を響かせて動きを止める。店長と従業員の姿がすっかり隠れても、群衆の拍手は鳴り止まなかった。
私は彼らの表情を視界に捉えようと、大きく首を回す。通りの向こう側で光る、ヨークベニマルやサイゼリヤの看板が目を刺激してきた。

(続く)



