渡辺大輔のデパート放浪記 - ペンを捨てよ、街へ出よう - (第47回 水戸編第7回)

「何だか落ち着く街ですね」

 帰りの電車に乗る前に、水戸駅前通りの古書店に立ち寄った。この辺りの郷土史に関する本を探してもらった流れ上、山形から来たことを明かすことになった。

「スタミナラーメンも食べましたよ」

 店の主人が本を袋に入れてくれている間に、昨日のソウルフード体験を振り返った。
 結局、私の指は「冷やし」のボタンを押した。

カウンターに案内され、「店内撮影禁止」の張り紙に体をこわばらせる。
しばらくして目の前に置かれた丼には、確かにスープが入っていない。中華麺にとろみの強そうな餡が乗せられていた。

 熱々の甘辛い餡と、冷たくコシの強い麺が同時に口の中に入ってくる。

シャキシャキのキャベツがハイハットシンバルだとすると、どっしりとした味わいの豚レバーはベースギターに似ている。
温度から味わいから、とてもメリハリの効いた料理だ。

 隣に座ったサラリーマン2人組が、ここで3玉分の冷やしを食べた同僚のうわさ話をしている。それを聞きながら、額に汗をにじませて1・5玉分の「大盛り」を完食した。

「せっかちが多いかもしれないね」

 袋を受け取った後、茨城の人々の性格について尋ねると、古書店の主人はしばらく考えてからそう答え、「港の方は特にね」と付け足した。

「それから、どうやら水戸は小金持ちが多いらしいよ。大金持ちはいないけど」

 店主は自嘲めかして笑った。

「京成百貨店の雰囲気が明るく感じるのは、それもあるんでしょうかね」

 私の質問に、主人は「どうかね」とほほ笑みつつも首をかしげる。「雰囲気が明るい」という点には同意したようだった。

「ヴィトンとかシャネルとか、大きいブランドが撤退した穴もすぐに埋まったしね。コロナの助成金の件で問題があった時も、まあ、みんな驚きはしたけど、お客が離れたということはないんじゃないかな」


 店の扉を開けて入ってきた男性へ目をやってから、店主は「昔はね……」と、高校時代に通っていた伊勢甚デパートの観覧車やマクドナルドの思い出を語り始めた。

 店を出ると辺りは薄暗くなっていた。飲み屋の看板が色気を放っている。誘惑を振り切って足を駅に向けた。

「スミマセン」

 横断歩道の赤信号で止まっていると、たどたどしい日本語で話し掛けられた。

 振り向くと、20歳を少し過ぎたくらいの女性がにこやかな表情で立っている。ピンク色のシャツの胸元に掲げた長方形のプレートには、「生活が苦しいのでチョコレートを買ってください」と書いてあった。フィリピンから移ってきて半年ほどだという。

 彼女は手の大きさくらいの透明袋を持っている。そこに5、6個詰められているのがチョコレートだろう。500円だそうだ。

「これ、いくらで仕入れてるの?」

 そう尋ねると、彼女は350円で買い取る決まりなのだと答えた。

「1日に、何個売らなきゃいけないの?」

 その問いには、笑顔しか返ってこない。私は財布から500円玉を取り出し、彼女の袋と交換した。

「もっといい仕事があるよ。必ず」

 無責任な助言だと後ろめたさを感じつつも、私は彼女にそう伝えた。

 仕事を終えたサラリーマンの集団が、横断歩道の向こうでにぎやかな声を響かせている。彼女は私に礼を言ってから、青信号の下を駆け出した。
(水戸編 終わり)