デパートのルネッサンスはどこにある? 2026年09月01日号-第144 回 閉店ラッシュ続くデパート  「顧客選別の是非」

パルクアベニュー・カワトク 小さなおもちゃの国

最近の若者にとって、そもそもデパートは選択肢に入らない

本稿7月1日号では「デパートの存続要件」について論じ、8月1日号ではデパートが「選ばれなくなった理由」を記した。ピーク時からほぼ半減し、閉店するデパートのニュースが、地方、都市圏を問わず新聞の紙面を賑(にぎ)わす状況が続いている。
今号で課題を整理し、一旦このテーマを総括したい。

課題1 外商ビジネス

 主に上顧客に対するサービスとして、外商は昔からデパートの大きな収益源の一つだった。以前本稿で「百貨店はデパ地下で集客し、ファッションで儲ける」と述べたが、そのファッションがカジュアル化やコンペティターの出現により、もはやデパートの稼ぎ頭でなくなった事はお伝えした通りだ。

 それでも、デパートの顧客は、現在でも高額商品を買ってくれており、他業種との競合が少ないという点から、外商はデパートならではのビジネスモデルであり続けている。

 だが、外商客の高齢化や「代替わり」に加え、スタッフの退職・異動といった売り手側の問題もあり、昨今では顧客との関係性が低下しているのも事実だ。

 マンツーマンによるコンサルティングという形態を好む富裕層というのは一定数はいるのだろう。もちろん、外商部を維持するだけの顧客数が確保できる間は。

課題2 人手不足

 建設業や、運送業だけでなく、コンビニや飲食店といった、いわゆる接客業でも「人手不足」は大きな課題だ。当然デパートも同様の悩みを抱えている。そして、広い売場を維持するために相応の人数を要するのはデパートの宿命である。

 接客業であるから「立ったまま」での接客が求められ、週末や祝日出勤が多い職場環境もあり、人材の確保は尚な おさら更難しい。

 これに加え「デパートであるからには」丁寧な接客を望む消費者は以前多く、そのため業務遂行には「熟練」が求められ、無人レジの導入など「もってのほか」だ。

 世間では人件費の高騰による「人手不足倒産」が増加している。文字通り「百貨」を品揃えするデパートは、売場の広さも含め、熟練スタッフ不足が経営の大きな弱みとなっていのだ。

 現場の熟練スタッフは、現在基本中年以上の年代であり、一般的に若者は年寄り(失礼!年長者)からファッションを購買したいとは思わないだろう。それは筆者でもそう思う。

課題3 脱セール

  百貨店を取り巻く環境は平成以降大きく変わった。昭和の時代には百貨店でスーツを買うのはビジネスマン、いや、ビジネスパーソンの嗜(たしな)みだった。しかし前号でもお伝えした様に、オフィスウェアのカジュアル化や低価格スーツ店の増加などを背景に、そうした購買習慣は薄れてしまった。

 耳タコで申し訳ないが、デパート以外の選択肢が増えて買い方が変わったのだ。※もはや、そのスーツ専門店自体も衰退産業である。

 そして、前シーズンの商品を割引価格で売るアウトレット業態の広がりは、本来の「プロパー価格」で買う意欲を衰えさせた。

 セール、バーゲンといったマークダウン(値下げ)という、アパレル業界で半世紀以上経過した商慣習も、ついにファッションビル(この名称も既に死語かもしれないが)の元祖であるパルコが「グランバザールを中止する」というニュースをお伝えしたばかりだ。

 只、常に安い(エブリデイロープライス)が市民権を得たからと言って、それが即「セール」の否定には繋がらないと筆者は考えている。購買層自体が替わったのだ。

 以前は、プロパー(定価)で買ったその店でセール品を買う事に一種の「ストーリー性」があった。今欲しい物を直ぐにネットやアウトレットで買う、若者のザッピング(つまみ食い)消費とは、消費行動が異なるのだ。そうした若者はデパートの「定価」を適正とは考えないのだ。

課題4 適正価格

 アパレル売場から消費者が遠ざかった一因に、「百貨店価格」への不信感があるのは、前述した通りだ。年に2回のバーゲンセールでは価格が半額に下がり、その時はフロアが人であふれるほど賑(にぎ)わった。しかし、大幅に値下げして売る、という事は「それでは、元々のプロパー販売は利益を乗せすぎでは」との疑いを消費者側に抱かせたのだ。

 1990年代以降に低価格チェーンが増えたのに伴い、消費者側のコスト意識は(震災やコロナ過を経て)一段と強まり、値付けに納得できない消費者はデパートに背を向けた。

 ファッション支出の減少は百貨店の売上を直撃し、バブル期に盛り上がった、ファッションで「見えを張る」意識( 文化?)は過去のものとなった。今の消費者はラグジュアリーなファッションに「身を包む=目立つ」より、むしろ、「目立たない」を美徳とした、横並び的な装いを好む傾向があるのだ。

 Z世代以降の消費気質は堅実であり、「悪目立ちを好まない」という意見には、一定以上の信憑性がある。事前に断っておくが、バブル世代が特殊なのであり、現代の物差しから言ったら彼ら彼女らの「バブリーな消費行動」が普通ではないのだ。

 現代っ子(これも死語かな)は「推し」と呼ばれる趣味に関する買物を優先し、ファッション支出は抑えるのが「普通」なのだ。但し、そうした支出傾向は当然デパートの収益にとっては逆風であるのは確かだ。

課題5 娯楽の多様化

 ショッピングはかつて庶民の「娯楽」のひとつだった。今ならアミューズメント、とかリクリエーションというのだろうか。「お出掛け、お買物」は気持ちの高揚を伴うので、エンターテインメントであった、とも言えるだろう。

 百貨店のロゴ入り紙袋を持ち帰る行為はバブル期までの消費文化を象徴していた。しかし、中間層の懐具合が寂しくなるのにつれて、ショッピングは往時の輝きを失っていった。

 ネット通販に慣れ、買物(消費行動)での心理的な負担を嫌う意識が、デパートからZ世代を遠ざけたのだ。

 販売員(スタッフ)の視線が気になる、知らないうちに近づいてきて話しかけ、後をついて来る。現代の消費者は、そうした(熱心な)接客を居心地悪く感じるのだ。

 「服を買いに行くために『おしゃれ』をする」事自体が「本末転倒」の様に感じるのだろうか。前号で述べたカジュアル化の流れにより、「きちんとした身なり」を求められるのはそもそも面倒であり、「接客」は無用のプレッシャーと感じるのだろう。

 「近頃の若者はメンタルが弱すぎる」等と言う昭和オヤジのパワハラ発言には与(く)みしないが、この30年で若者は自身の「快・不快」だけで物事を判断する様になったのではないかとは思うのだ。

課題6 タイパコスパ

 ちょっと大変だけど、楽しい、とか、中々面倒だけど、面白い、という対象に対して、大変や面倒なら自分は「要らない」と、即決してしまうのではないだろうか。

 またまた若者のタイパ、コスパ批判か……とうんざりされた方には申し訳ないが、筆者は正直そう思うのだ。どうしてここまで「せわしなく」時と金を効率化したいのだろう。

  1. 2時間の映画や連続ドラマを「早送り」で見て、その作品の良し悪しを評価する、
  2. 必要な物はネット通販を「ポチっと」すれば手に入る(事前の価格チェック含め)、
  3. そして、知りたいことはすべて検索で「秒で」調べるかチャッピーに聞く。

用語解説:チャッピーとは、AIチャットサービス「ChatGPT(チャットジーピーテー)」の愛称。別のサービスやアプリではなく、ChatGPTそのものを指す呼び名として、特に若い世代を中心にSNSで広まった。

 バブル世代である我々から見ると、上記3つの「異常な」行動が、現代では普通なのであり、であればデパートに来る客は「普通」の人ではないのかもしれない。デパートは既に大多数の消費者に支持される存在ではなくなったのだ。もはやそれは、販売チャネルの多様化、だけでは説明できなくなった。

課題7 老人の貧困デパート王国の民(たみ)は減少を続け、異なる種族、新しい人類が台頭してきたのだ。もちろん民は直ぐには居なくならないだろう。それでもデパートは、再び皆に「選ばれる」存在には戻れないのだ。※もちろん「皆」が誰なのか?という問題もある。

 成り上がったモノは、必ず衰退するのだ。徐々に徐々に。古代ローマや中国の王朝を例にとるまでもなく「栄枯盛衰は世の習い」なのだ。世間的には、「少子高齢化」の大合唱で判る様に、日本は65歳以上の老人が人口の29・4%を占める世界一の老人大国だというのは周知の事実である。

 であるならば、先ほどから筆者が唱える「若者のデパート離れ」もメイン顧客の年寄りが人口の3割を占めるのであれば、客数減や売上減に直結しない様に思える。デパートが年寄り相手の商売であるならば、人口シェアから考えれば心配には及ばないと。

図表1 日本の5 つの資産階層
図表2 年代別の富裕層シェア

 答えはこうだ。デパート顧客の減少は高齢者の絶対数ではなく、その階層によるのだ。顧客が、富裕層、準富裕層、アッパーマス層に限られるからだ。
※図表参照

 一言で言うとデパートの敵は「貧困」なのだ。中間層の喪失がデパート衰退の真犯人なのだ。特に都心のデパートでは、インバウンド対応と富裕層シフトへの注力が顕著であり、若者同様、貧乏な年寄りはデパートの客ではないのだ。問題は人口比率ではなく格差の拡大と固定なのだ。

課題8 高級化

 デパートの減少には、バブル期以降に進んだ「高級ブランド化」も少なからず影響している。40年前は、今も健在の「デパ地下」に加え、子ども向けのおもちゃ売場や屋上遊地、お好み大食堂などが揃い、休日に家族で出かけて一日過ごせる場所だった。

 ところがインバウンドの風が吹き、ラグジュアリーブランドの出店が増え、高級化が進む中で、家族向けの機能が大きく縮小され、世代を超えての利用が減少した。
※もちろんデパートは、収益維持のため「やむなく」富裕層シフトしたとも言えるが。

 この典型的な例が新生池袋西武だ。ハイブランドのファッションとコスメ、デパ地下スイーツと総菜のみに特化し、前述した「家族連れ」MDは整理してしまった。

 西武百貨店池袋店は、セブン&アイが投げ出して、ファンドが館の一等地をヨドバシカメラに売ったため、面積を半減したのだから仕方がない、という面もあるだろうが。

 以上、前号の結論でも述べた様に「デパートが選ばれない理由」は、「デパートが自らを隘路(あ い ろ)に導いているから」なのだ。

用語解説: 隘 路(あ い ろ)とは、狭くて通行が困難な道、または物事を進める上での障害や難点を指す言葉。

焼け石に水でも

 一方で、デパートがなくしたこうした機能を備えた郊外型ショッピングモールは、今も集客力が高く、結果としてデパートは顧客を奪われている。

 デパートが生き残るためには、売上を、退職世代を含めた富裕層やその予備軍の(旺盛な)消費意欲に頼るだけでなく、若い世代や子育て世代の「居場所や受け皿」になれるような取り組みを強めることが、将来的な再生の鍵になるのではないだろうか。
※ドライに過ぎるかもしれないが、どんなに金持ちでも、年寄りは先に死ぬのだから。

 前号末尾にも記したが、我々が全国の地方デパートで開催している「小さなおもちゃの国」は、今まで述べて来た「デパートの衰退」を回避するには、焼け石に水なのかもしれない。多分「回避」は不可能であろう。

 それでも我々は、ちょっとした「延命」に過ぎなくとも、顧客であれ、今まで足を運んだ事のない人であれ、デパートに「行く理由」を提案し続けたいと思っている。

 カプセルトイは、500円が価格の上限だ。今時ワンコインでは昼飯も食べられない。
それでもそのワンコインの商品で、お客様を呼び戻す事が出来るなら、我々は催事活動を継続しなければならない。

 夏休みに地方デパートの「小さなおもちゃの国」を訪れる子供たちを見ていると、そうした感慨を抱くのだ。
※本紙1面の記事をご参照いただきたい。