デパートのルネッサンスはどこにある? 2026年07月01日号-第141回 2026年上半期総括とデパート存続の要件



閉店ラッシュ続く
7月を迎え、今年も半年が経過したが、デパートの閉店連鎖が止まらない。2026 年に入り1月に高島屋堺店、2月に名古屋の名鉄百貨店本店が閉店したニュースは本コラムでも取り上げた。そしてなにより、かつて流行の発信地であった西武渋谷店の9月営業終了については、詳細にお伝えした。
筆者の感慨はこうだ。「日本人はいつからデパートに興味がなくなってしまったのだろう。」デパートの中身に、と言い直した方が良いだろうか。
本紙に掲載する百貨店情報(告知や広告)も、流行りのファッションブランドや話題の化粧品というより、そして中元歳暮クリスマスといったギフト企画よりも、食品フロアや新作スイーツといった話題が大勢を占める。今、デパートの集客の目玉は「デパ地下」であり、催事企画は「物産展」が担っているといっても過言ではなくなった。
長く「小売りの王様」と呼ばれた百貨店だが、今の閉店ラッシュはその歴史的な転換点なのかもしれない。この国の百貨店はなぜ退場を迫られているのか。変容する消費者=生活者に対し、悩めるデパートはどうすれば良いのだろうか。
リーマン・ショック超え
デパートの閉店は、もちろん今に始まったわけではない。都心でのターニングポイントは1999年の東急百貨店日本橋店の閉店だろうか。2000年には「そごう」だけで札幌、有楽町、錦糸町、船橋、多摩、木更津、茂原、長野、奈良の9店舗。
リーマン・ショックの余波を受け、2010年には有楽町西武、吉祥寺伊勢丹、河原町阪急など10店舗以上がクローズしている。そして2020年代の閉店ペースはこの2010年のペースを上回りつつあるのだ。
人口減少や過疎化の影響から、地方都市が衰退し、かつては繁華街と呼ばれた商店街がシャッター通りになる。そうした地域のランドマークであった地方デパートが街とともに衰退し、閉店を余儀なくされる例は枚挙にいとまがない。
百貨店の全国店舗数はピークだった1999年の311点から、2026年3月には162店まで減少し、5割弱が姿を消した勘定になる。本稿ではお馴染みの「デパートゼロ県」は山形、徳島、島根、岐阜の4県となった。
※岐阜髙島屋の閉店はまだ記憶に新しい。そして近年は消滅するデパートは地方に止まらず、3大都市圏でも閉店が相次いでいるのだ。長期的な退潮は明らかだ。
3大都市圏でも
名前を聞けば誰でも判る大手や老舗デパートでも、閉店が相次いでいる。関東の人間には、いまいちピンと来ないかもしれないが、例えば名鉄百貨店は70年以上続いた「名古屋の老舗」だ。昨今は名駅の大丸に押され気味とは言え、栄の松坂屋、三越とともに4Mと呼ばれていた時代もあったのだ。因みにもう一つは2018年に閉店した丸栄だ。
名鉄百貨店は往時、まぎれもなく「名古屋駅の顔」であったのだ。もちろん首都東京も例外ではない。沿線住民の増加を背景に、巨大ターミナル駅に君臨した電鉄系百貨店の雄、渋東急本店や新宿小田急本館でさえ、本店をスクラップしてしまったのだ。※小田急は新宿本店をクローズした訳ではないが、ハルク館に一部売場を移したものの、それが実質的な本店と言えるかどうかは、売場を見れば判るだろう。
そして西武百貨店は池袋本店を半減し、渋谷西武は前述した様にこの夏を最後に「のれん」を下ろすことが決まっている。
因みに、池袋西武は2026年中の「グランドリニューアル」を謳うたっているが、改装終了の日程は発表されていない……イケセイのデパ地下に生鮮食品とお酒のコーナーが復活するのはいつなのだろう。ご存知の方がいらしたら教えて欲しい。
百貨店一人負け
「百貨店衰退の要因は、購買チャネルの多様化や人口減少の影響で国内市場の縮小が続いている事が原因であり、このため業界再編が加速している」と、識者が現状を分析するとこうした見解になるのは明らかだが、これでは森を見て木が見えていない。
デパートだけが、こうした購買環境にさらされているのだろうか。コンビニエンスストアもロードサイドの巨大ショッピングモールも、ディスカウンターもアウトレットモールも、ドン・キホーテもニトリもコストコもユニクロも、皆そうなのではないか。
もちろん百貨店衰退の要因は、オンラインショッピングやディスカウントストアといった、新たな「選択肢」との競争である事は否定出来ない。なぜならデパートという所は、昔から「価格コンシャス」ではないからだ。定価商売であるデパートが、デフレ社会の中で一番痛手を被るのは当然なのだ。
逆にここ1年ほどはインフレの進行により、消費者の価格選好が更に強まった分、百貨店での買物を敬遠する理由がまた一つ増えてしまった。「デフレにもインフレにも弱いのなら、いつ売れるんだ」という話になるのは必然だ。「デパートは只高いだけ」と思われているなら、消費者の「百貨店離れ」は加速する一方だろう。
好景気だけが
デパートは、人口が増え経済が成長している「好景気」の時にしか儲からない商売なのだろう。だから、必然的に都心の百貨店はこう考える。「日本人が買えないなら外国人に「庶民が買えないなら金持ちに」顧客を絞り込まなければ立ち行かないのだと。
であれば、インバウンドに舵を切る松屋銀座や富裕層シフトに注力する新宿伊勢丹が絶好調なのは、当然の帰結だ。そして、結局問題なのが(購読者諸氏には「耳タコ」で恐縮であるが)インバウンドとも富裕層とも無縁の地方デパートは、街とともに衰退し、その苦境は更に深刻になっていく、という事だ。
デパートの2026年上期を振り返るはずが、この15~25年の長い衰退期を回顧する事になってしまった。「デパートの不振は日本経済の衰退が原因」という答えで良いなら、本稿はここで終了だ。だが、漫画「スラムダンク」で安西先生も言っていた「あきらめたらそこで試合終了ですよ」と。
諦あきらめずに考えれば、日本にはまだデパートが160店舗以上あり、顧客の減少やビルの老朽化、働き手の不足などなど、あらゆる問題に抗(あらが)って、今も営業を続けている。都心よりも数段分が悪い地方であってもだ。
森を見ずに木を見よ
前述したが、「森ばかり見て」いたら、デパートは時代遅れの商売であり、淘汰され、やがては絶滅してしまうだろう。電鉄系百貨店が、沿線のブランド造りと集客装置としてターミナル駅に建てたデパートを、「もはや大して集客もできないし、第一儲からない」という理由で投げ出すのは、資本主義の論理で仕方がないことかもしれない。
但し、西高東低とでも言うのだろうか、関東圏の東急、小田急、京王、西武に対し、関西資本の阪急、阪神や近鉄は、ターミナル駅の梅田や阿倍野で今も頑張っている。
※西武は厳密には電鉄系ではないが、呉服店発祥の老舗ではないので、便宜上含める。
商売というのは、なんでもそうであるが、立地や体力(資本力)、だけで「うまくいく」モノではない。究極的には「顧客に喜んで貰う」事が「商売上手」であり、顧客ロイヤリティを保つことが「商(あきな)い」なのだ。
※関西デパートの強さの秘密については、また別の機会に語りたいと思う。
デパートの存続要件
昔から政治家に必要な「三バン」として地盤、看板、鞄(かばん)が挙げられるが、デパートもこれに倣(なら)って考えてみよう。共通点は人気商売だという事だろうか?
- 地盤:立地と顧客(客数と客層)
- 看板: 暖の れ ん 簾、ブランド価値
- 鞄:財力、銀行、地元支援
政治家に有権者への誠実さを求めるのは極めて難しい世の中であるが、デパートに必要なのはもちろん「顧客ファースト」だ。顧客が欲しい物が揃っているというのが、必要最低条件だ。
但し、最低条件を満たすだけでは、デパートとしては失格であり、「おしゃれで、便利で新しいモノ」を紹介し、提案するのがデパートの使ミッション命なのだ。
値引きは出来ないけれど、その代わりにネットやモールやコンビニで買えないモノを提供する事がだ。ココを押さえていなければ「三バン」があっても生き残れないのは明白だろう。
例えば、ファッションに興味のある人には、海外ブランドの服やバッグを、ドラッグストアでは手に入らない限定コスメを、そして、旅行にでも行かなければ食べられない、全国の名物グルメを、探して、選んで、持ってくるのが今も昔もデパートの役割なのだ。
レジャーとしてのデパート
筆者世代の昭和ファミリーにとって百貨店は「遊園地」の様な非日常空間だった。デパートに行く事は、ちょっとしたイベントであり、家族は皆「おめかし」をして出かけた。しかし、ミレニアルやZ世代は、当然そうした体験がなく、デパートへの「思い入れ」はほぼ皆無であろう。
現代の若者には昭和のジジイ達には思いもつかない「アミューズメント」がたくさんあるのだ。それも選びきれないくらいに。只、一日中スマホを見て、コスパやタイパといった「せわしない幸せ」に追いかけられている可哀そうな若者も大勢いるだろう。
そうした人はもちろん昔もいた訳だし、どっちが幸せだとか、どっちが可哀そうかというのは、筆者には判りようもない。昭和の幸せを令和の若者に説いたところで、何の意味もないし、時代錯誤であろう。
街とともにさびれていく社会
前述した様に、文化の発信地であった西武渋谷店は営業を終える。全盛期のセゾン文化(カルチャー?)を支えたのは、分厚い中間層の存在だった。デパート全盛期は、筆者世代が懐かしむ、古き良き「1億総中流」の時代だったのだ。
只、既に団塊世代がすべて75歳の後期高齢者となった現代、長年の顧客達も百貨店から文字通り足が遠のいて来た。年寄りも人それぞれであり、体力気力だけでなく、財力の余裕がなくなって来た方もいらっしゃるだろう。
そして、建物の老朽化に伴う地域の再開発にとって、デパートという存続が必要ではない、というケースが増えているのだ。2026年の夏までに閉店する事が決まっている百貨店は、京都の髙島屋洛西店は8月3日に、本稿6月1日号でお伝えした東武宇都宮百貨店大田原店は8月末に、前述した西武渋谷店は9月末に閉店する。
1982年にオープンした髙島屋洛西店は、その地で40年以上の歴史を刻んだものの、建て替えの資金が賄(まかな)えないことから閉店が決まった、という。その髙島屋のある洛
西ニュータウンや、栃木県大田原市の様な、郊外型ニュータウンの多くは、どの地方も同様に人口減少フェーズに入っており、街と二人三脚で歩んできたデパートも、同時に退場勧告を受けるという状況なのだ。
大人の街渋谷

建築費が高騰する昨今、高い収益性を求められる再開発ビルとしてデパートは割に合わない選択肢になってしまった。前述した名鉄百貨店は、閉店はしたものの、再開発の工事がストップしたまま「立往生」している。
そして今、象徴的な状況なのが渋谷の街だ。かつては東急百貨店と西武百貨店が競い合ったものの、若年だけが集まる様になり、地元の大人たちは大人の事情で「渋谷を大人の街」にすべく様々な試みをして来た。
※もちろん渋谷にパルコを作ったのは当時のセゾングループ(西武)であり、109(イチマルキュー)を作ったのは東急なのだから、結果として「マッチポンプ」ではあるのだが。
結局、百貨店でショッピングを楽しむクラスの消費者を呼び戻すには至らず、2023年に東急百貨店本店が閉店し、2026年秋には西武渋谷店もこの街を去る事になったのだ。
東京を代表する繁華街でありながら、新宿や池袋よりも一足早く「百貨店ゼロの街」という不名誉な称号を与えられてしまった。もちろん、デパートが「名誉ある」事業だと思うのは、我々世代の錯覚なのかもしれないが。
まぁそれでも、「新宿より一足早く」というのが渋谷らしいな、というのが筆者の感想である。

デパート新聞編集長


