特別寄稿 巨人・阿部前監督騒動から考える人口減少と情報捏造社会

昨年辺りから、ネット記事でしばしば見かけるのが「AIの発達により人間は仕事を奪われる」という話だ。そもそもATリテラシーの高くない筆者は「まだまだ先の話だろ、クルマの自動運転システムみたいに」と高をくくっていた。
それがこのコラムのタイトルにある、阿部元監督が読売ジャイアンツを辞任する、という事件が勃発した。現代日本における「AIによる退職」、その第一号がこの事案である、と言うのは流石に酷ひどいジョークだと思うが。
購読者諸氏は、この家族間で起きた事案が日本中で議論を呼ぶ大騒動となった事件について、良くご存知だと思うので、詳細は割愛させていただく。
阿部慎之助前監督が、5月25日、長女に対する暴行容疑で現行犯逮捕されるという驚きの事件が起き、翌26日の未明には阿部氏は釈放され、読売の山口オーナーに監督辞任を申し入れて受理され、同日中に辞任会見を開催した。
因みにこの記事を執筆している6月9日には、阿部前監督が警視庁に暴行の疑いで書類送検されたという続報が入った。賛否ある中で「事件」としては一応終結したのだ。
一般世間の認識は様々だか、「もちろん暴行は問題であるが、事後対応として事件翌日に記者会見を開いた事、辞任+謝罪が迅速であったことは大きい」などと、企業の謝罪会見の見本として賞賛する「識者」のコメントさえ散見された。
もちろん、日本中の好奇の目にさらされないように早めに「幕引き」をしたいと考えた阿部氏本人と読売サイドにとっては「良い選択」だったと言えるだろう。
グレーは白ではない
自身に厳しい処分を行い、十分な反省をした(本当は「しているだろう」だが)人物に対してはメディアも矛先を向けにくいし、世論も同情的に見てしまうのは理解出来る。
※それにしても、真偽が明らかではないのに、阿部氏の復帰を求めるオンライン署名がすぐさま立ち上がり、13万件もの賛同を集めるというのは、少し異常に感じるのは筆者だけだろうか。
原則的には、要職を退いて「一般人」となった以上、本事案は「家庭内の問題」となっており、部外者がとやかく言うべきではない、と言った意見も散見される。しかし、直ぐに釈放されたとしても、一旦警察に逮捕された人間はその時点でもはや「一般」的ではないのではないだろうか。皆さんの中に、知り合いが逮捕されたり起訴されたり、書類送検される人がそんなに居るのだろうか。
こうした事件が起こると、「有名人」と言われる輩(やから:あえてこの名称を使う)が、好き勝手な事をネット上で披露することが多い。事態は謝罪と辞任で沈静している様に見えるが、騒動は直ぐには収まらないだろう。
球界の盟主
世論は擁護派が優勢の様で、筆者が思ったよりも阿部氏の辞任に反対する人は少なくない。それでも、読売は球団の中でもコンプライアンス的に厳しいというのが通説だし、一旦容認した辞任を撤回して監督復帰させるという可能性はかなり低いだろう。
もっと言えば、ジャイアンツは「茶髪、長髪、ヒゲは原則禁止」など、他球団より厳しいルールを選手に課しており、不祥事を起こした監督を許すという選択肢はないだろう。
そもそも筆者(世代)は王、長嶋の活躍に心躍らせ、大鵬や卵焼きの様に巨人というチームが好きで応援していたのだ。それなのに「空白の1日」で江川を入団させたことにより、読売球団に幻滅し、プロ野球その物を遠ざけたのは、筆者だけではないだろう。
コンプラに厳しいのは単なる権威付けでは、と今でも訝いぶかしく感じるのだ。
だから、読売ジャイアンツ創立者が唱えた「巨人軍は紳士たれ」というフレーズも、嘘くさく感じるし、そもそも巨人軍の「軍」も本当は気に食わない。失礼!このままだと球団批判だけでこのコラムが終わってしまうので、このぐらいにしておこう。
代読された手紙
阿部氏は、長女と次女のケンカの仲裁に入ったが、長女が口答えをしたため、暴行を働いたとされている。長女が生成AIを利用して児童相談所に連絡・相談し、相談を受けた児童相談所が「緊急性が高い」と判断して110番通報し、駆けつけた警察官に現行犯逮捕されるに至ったという。まず、阿部氏が現行犯逮捕されたこと、翌日に即辞任を表明したことで「表に出ていること以上の問題行為があったのではないか?」という疑念が湧いて来る。
暴行の内容に関しても、報道されていることと、阿部氏の記者会見の公表内容と異なっており、「何が事実だったのか?」という大前提から議論を呼んでいる。江戸川コナン少年の決め台詞「真実はいつもひとつ!」はアニメの世界だけの話なのだ。
そして次に「長女の手紙」は誰が書いたのかが議論となった。
記者会見では、阿部氏の長女が書いた(とされる)手紙が代理人によって代読された。この点も、物議を醸す要因となっている。
※この文章事態をAIが書いたのでは、というブラックジョークまで飛び出しているが、文面を辿ると本当にそんなニュアンスを感じるから不思議だ。
そして手紙では、「殴る蹴るといった事実はございません」「私の過度な状況説明によって報道内容が事実と異なってしまった」と報道内容を否定する形となっているから、余計に訝いぶかしく感じるのだ。何より長女の真意かどうかは確認のしようがない。
また、ChatGPTに相談して児童相談所に相談したところ、当人の意に反して警察に通報され、逮捕に至った経緯が語られた。「警察が来て一番驚いているのは自分自身ですし、父が警察に連行される姿をみて、私は目前で泣き崩れてしまいました」とも。
そして父親とは普段は仲が良いことと、今回の件は既に和解していることが示唆された。
※和解させられたのではないかという推測も出来るし…。
一方で、この手紙が一種の「演出」ではないかという疑問も指摘されている。
手紙の冒頭に「これは私の意思で書いております。父にはこのような声明はいらないと言われましたが」との表明があるが、この真偽を確認する手段は聞き手側にはない。
結局、被害者の手紙を加害者側が読み上げて、「信じて」と言われても…ねえ。
AIの善意?
その手紙では、長女がChatGPTに相談して児童相談所に連絡したことが表明されているが、生成AIは適切な解決策を示してくれるのではなく、現時点においてはあくまで解決策の選択肢の1つを提示するにすぎない事、そしてそれを選択するかどうかは人間の判断である事、なのでそれによって生じた結果も人間が負う他はないという事、なのだ。
児童相談所や警察が取った対応が過剰だったのではないか?という声もあるが、深刻な暴力行為を見逃してしまったり、対応しなかった責任を問われることになるので、筆者もやむをえなかったと思う。
善意と悪意
今回の様に、個々の人間が「良かれ」と思ってやった行為が、望まぬ結果を招いてしまう現象を「善意のパラドックス」と言うらしい。が、その善意のパラドックスが起こる大前提として、我々は今「悪意のある監視社会」に暮らしている事を忘れてはならない。
人の不幸や間違いを探して、曝して、拡散することだけを生き甲斐とする輩やからが多すぎると思うのは、筆者だけではあるまい。今回の事案もイライラ、ムカムカするだけだから、筆者も本当は「知りたくない」のだ。「じゃあ見なきゃいいって?」その通りだ。
生成AIが介在していたことで、親子間のいざこざが「現代社会が抱える問題」へと拡大した様にも見えるし、確かに日本の社会が抱える閉塞感は増すばかりだ。
自殺する若者が増加し、彼ら彼女らの貧困化が顕著になってきても、年寄りや大人はそれを監視し、ただ嘆なげくのがせいぜいなのだ。それどころか「俺たちの若い時はもっと厳しかった」とか「今の若者は甘やかされている」とか言い出すのだから始末が悪い。
少子化問題
ちょっと議論が飛躍するが、そう考えている大人(年寄り)たちが、多数決で選ぶ政権が、年に何兆円の予算があっても(実際は7・4兆円)、少子化に歯止めをかけられる訳がない、というのは容易に想像がつく。
前述した事件でも登場した児童相談所は、今、こども家庭庁という省庁が統括しているが、人口減少を止めることは出来ていないし、これから出来るはずもないのだ。
息の詰まる様な現代社会と、その延長として希望の持てない未来しかないのに、子供を持ちたい、親になりたいと思う若者が居るだろうか、という話なのだ。
ちょっと、いや大幅に話が逸れてしまった。とりあえず本稿の結論めいたものを記す。
一応の結論
このニュースは「まったく関係のない芸能人」が、「昔は普通だった」等と言い、昭和の家族倫理的なモノを振りかざして、阿部氏を擁護する例が目立ったが、筆者が一番納得できたのは以下の意見だ。
タレントの上沼恵美子氏が5月31日放送のテレビ番組に出演し、巨人・阿部慎之助前監督から暴行を受けたとされる長女にメッセージを送った。
上沼はこのニュースを踏まえ、自身が子供のころ、母親からホウキで叩かれるといった「体罰」を受けていたことを回想し、「あれ、感情のままやね。『しつけやわ』とか、『愛のムチや』って感じたことないわ」と渋い表情を見せた。
続けて阿部前監督の長女に向かって「親子の情とか、絆とか、そういうものっていうのはとっても複雑。でも本当に大きなお世話やけども、そんなことでお嬢さんがふさぎ込んだらアカンよ。そしてお父さんは、潔さっていうのか、ポジションを考えて辞任されたわけやから、『自分のせいや』とか、そんなの絶対思ったらアカン。ダメよ。『私の責任や』とか、お母さんと二人で泣いたり、絶対する必要ないで!」と進言した。
「毒舌」を批判される事も多い彼女だが、筆者は本当に人望がある人の言葉は違うな、と感じた。落語家とか芸人とか元俳優とか言う輩やからが、無責任に昭和ルールで父親を守ろうとして「そもそもAIに相談した娘や、それを真に受けた児相や警察がおかしい」という意見とは真逆であり、被害者の心のケアを考えた進言だと思う次第だ。
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